THOUGHTS

“日新”月歩~シャーリング屋の熱い思い~

2026年9月30日

先日社内の会議の中で、「仕事をしてもらった相手に対して【有難う】をきちんと言ってもらっていない」という事が議題に上がりました。一見、社会人としては子供じみた話の様なのですが、私はうわべではなく仕事の本質に迫る、血の通ったとても良い話し合いだと思いました。私自身も仕事の忙しさからきちんと【有難う】を言えていないという反省も含まれます。

 

「感謝されたい」ひいては「褒められたい」と願うのは、決して浅はかな自己主張ではありません。自分が人の役に立ったことを実感し、存在価値を確かめたいという、人間として極めて自然で健全な感情です。感情に強く影響される理性を持つ人間ですから自分の仕事を超えて誰かを助けたときに、何の反応もなければやる気が失せるのも無理はありません。感謝や承認の言葉は、人が意欲的に働き続けるための重要な「心の栄養」であり、助け合いの文化を支える潤滑油です。

今後マニュアル化やシステム化、AI化が進み、組織のプラットフォームによってどのような人間が介在しても一定の業務が回る時代になったとて人を動かすのが「人間」である以上、この血の通った感謝の循環は欠かせません。周囲の貢献を認め、互いに言葉にして称え合う姿勢こそが組織に不可欠な温もりと言えます。

 

しかし、だからといって「感謝されないなら仕事をしない」「自分をもっと評価しろ」というスタンスに終始してしまうのは、プロフェッショナルとして大きな疑問が残ります。

見返りとしての感謝を仕事の動機(取引条件)にしてしまうと、他人の反応という不安定なものに自分の価値ややる気が支配されることになります。そもそも仕事に対する本質的な評価は、自ら催促して求めるものではなく、提供した成果に対して他者や組織が客観的に下すものです。他者からのレスポンスがないことを理由に足を止めたり、承認欲求を剥き出しにして評価を強要したりすることは、自立したプロとしての品格と責任感を欠いていると言わざるを得ません。

「褒められたい」という素直な気持ちを肯定し互いに感謝を贈り合う温かさを持つ一方で、たとえ見返りがなくても自分の仕事と貢献に誇りを持って全うする――。この「感情の成熟」と「誇り高き自立」が両立して初めて、人は本当の意味で信頼されるプロフェッショナルになれるのです。

 

先日、地域のお祭りに子どもが参加しました。

太鼓を乗せた山車を、子どもたちが一本の綱を持って、元気いっぱいに引いて歩きます。

一人では到底動かせないものでも、みんなで力を合わせれば、大きなものが動き出す。

その姿を見ながら、ふと仕事も同じだなと感じました。

「大きな仕事は、一人の力ではなく、人と人との力で成し遂げる。」

一人ひとりの力は、それほど大きくないかもしれません。

しかし、それぞれが自分の役割を果たし、同じ方向を向いて力を合わせることで、一人では考えられないほど大きな力になります。

祭りでは、子どもたちが一本の綱を握り、声を掛け合いながら山車を動かしていました。

仕事でも、営業、製造、管理、そしてお客様や協力会社の皆さま。

それぞれの力が一つになって初めて、一つの大きな仕事を完成させることができます。

「力を合わせる」とは、単に人数を増やすことではない。

一人ひとりの力を、一つの方向に集めること。

子どもたちが一生懸命に綱を引く姿から、そんな大切なことを改めて感じさせてもらった一日でした。

常務取締役